2013/03/07

2013年2月香港旅行の記録

科記咖啡餐室に朝食を食べに行った時に、斜め前にあるこの廟が目に留まりました。


2階に「済公聖佛」と書かれた看板が掲げられ、線香の煙で周辺は霞んで見えます。供えられたばかりの大きな線香から、燃え尽きそうな小さな線香まで。参拝者が絶えないのでしょう。

住宅街にポツンと佇み、赤く塗られた壁が要塞のようで、ある意味異様な雰囲気を醸し出しています。これだけの煙と匂いが立ち込めているのに、隣の建物は窓が開いている部屋が多く見られます。東華三院の老人ホームのようですが、これが日常だから気にならないのでしょうか。

開放時間は、9時から17時まで。人の気配があったので、中を見ていいか尋ねてみたかったのですが、夫が嫌がったのでやめました。観光客が簡単に足を踏み入れられるような雰囲気ではありませんでした。


どういう廟か気になったので、調べてみました。古物古蹟辦事處のサイトに説明があるので、訳してみました。香港二級歴史建築に指定されています。

1850年代に建設された「廣福義祠」は、通称「百姓廟」と呼ばれる廟で、中国本土から香港に働きに来て、亡くなった人々の位牌を収容。死者の魂が安らかに眠るよう祈りを捧げる「済公聖仏」、「地藏王」は正殿で信仰の対象となり、位牌は後殿に祀られた。
<原文>Built in the 1850s and popularly known as the “Pak Shing Temple”, Kwong Fook I Tsz accommodated the tablets of the deceased Mainland Chinese who worked in Hong Kong. Kshitigarbha Buddha, who bestows blessings on the spirits of the deceased to rest in peace, and Ji Gong (Daoji) were worshipped in the main hall, while the rear hall accommodates the tablets.
廣福義祠俗稱百姓廟,建於1850年代,用以供奉遠道來港謀生而客死異鄉的華人靈位。祠正殿主祀地藏王,使亡魂得以安息,亦供奉濟公活佛;後殿是坊眾的百姓祠堂。
また、wikiによると、香港では有名な東華グループがこの辺りの歴史に関係があるようです。ちなみに東華医院はこの廟のすぐ近くにあります。更に詳く、東華三院のサイト、http://www.tungwah.org.hk/upload/publications/CorporateBrochure2013_Outline.pdf に書かれているので要約してみました。

「廣福義祠」は、1851年、先祖の位牌を安置するために、太平山街に小さな廟が建てられたのが始まり。次第に、病気や貧窮した人々の避難所となり、不衛生な状態に。ついには、政府や香港市民の関心を集めるようになる。近隣に病院を作るため、基金が集められ、1872年、香港で最初の華人醫院として東華医院が開設。貧しい人に無料で医療サービスと漢方薬の提供を始める。


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廣福義祠(百姓廟) 香港島上環太平山街40號
Google mapには、「百姓廟済公聖仏」と登録されています。
wiki:http://zh.wikipedia.org/wiki/廣福義祠
古物古蹟辦事處:http://www.amo.gov.hk/b5/trails_sheungwan1.php?tid=25


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